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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)1809号 判決 1985年4月26日

奈良県天理市<以下省略>

控訴人

右訴訟代理人弁護士

大深忠延

三木俊博

斎藤護

山口健一

松葉知幸

小泉哲二

田村博志

竹川秀夫

伊丹浩

千田正彦

勝部征夫

松井清志

中山巌雄

大櫛和雄

折田泰宏

深尾憲一

大国正夫

大阪市<以下省略>

(旧商号 株式会社日本貴金属)

被控訴人

株式会社ナショナルエイデン

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

井門忠士

信岡登紫子

右当事者間の昭和五八年(ネ)第一八〇九号株券引渡等請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一  控訴人の当審における訴の交換的変更による主位的請求を棄却する。

二  当審における訴の交換的変更による予備的請求に基づき、被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年三月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

五  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

当審において訴を交換的に変更し、主位的請求及び予備的請求として

被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年三月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

仮執行の宣言

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

当審における控訴人の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

二  請求原因

1  被控訴会社は、地金、貴金属、宝石、時計、ライター、めがねの売買及び輸出入、金融業等を業とする会社である。

2  控訴人は、昭和五七年三月八日より同月一一日までの間に、被控訴会社の従業員から「香港純金塊」の現物購入の勧誘を受け、

三月八日 一ユニット 一〇〇万円

同月九日 八ユニット 八〇〇万円

同月一〇日 五ユニット 五〇〇万円

同月一一日 一六ユニット 一六〇〇万円

の買付をし、その代金充当のため、原判決添付物件目録記載の株式を同月八日に一〇〇〇株、同月九日に九〇三一株、同月一一日に四〇〇株(合計一万〇四三一株、以下本件株券という)を交付した。

3  右はその勧誘に当った被控訴会社の従業員が、本件取引はいわゆる先物取引ないし清算取引ではなく、あくまで現物売買であって、且つ一ユニットすなわち一〇〇万円で三七四〇グラム位の金塊の現物を直ちに入手することができる、今回は最初の取引であるから、手持の株券を現金代りに出せば時価の七割で現金に代用する旨申し向けたので、控訴人は、右株券の交付により、少くともこれと同価値の金塊の現物の引渡しを直ちに受け得るものと信じて、右株券を被控訴会社に交付したものである。

4  しかるに被控訴会社は、右株券の価格に相当する金の現物を引き渡さないばかりか、恰も清算取引を開始したごとく処理していることが分った。

5  本件取引の実態

被控訴会社ないしその従業員(以下被控訴会社という)の本件取引行為の実態は、次のとおりのものである。

(一)  取引対象者の不適格性

(1) 被控訴会社は、香港純金塊取引にあたり、ことさらに先物取引不適格者を勧誘の対象としている。

先物取引は極めて投機性の強い取引であり、しかも委託証拠金の制度・追加保証金の制度等極めて技術的で特殊な取引である。したがってこの取引に参加しうるためには、先物取引の仕組・内容などの技術的な事項が理解できていることは勿論のこと相場についての基本的な知識及び相場変動についての十分な情報とこれに対する判断力が備わっていなければならない。更に、相場変動のリスクにも十分耐えうるだけの資金的な余力がなくてはならない(適格者の原則)。

ところが被控訴会社が取引の対象としているのは、そのほとんどが先物取引の知識のない主婦や年金・退職金生活者であり、右のいずれの点からみても先物取引不適格者である。

(2) 控訴人は、旧制中学校卒業後株式会社aという製茶会社の事務をした後、ここを退職しており、これまでに商品取引や先物取引の経験はなく、またその知識も持ち合わせていない。

また、控訴人は、相続によって取得し増資によって増えた本件株券を有しているが、株式取引はわずかに一、二回しかした経験はなく、また信用取引をしたことはない。

控訴人は、幼時に父親が小豆相場に手を出して財産を失った記憶を有しており、「先物取引」や「マージン取引」という言葉は知っていても、これを警戒する意識が強く、その中身については全く無知であった。

したがって、控訴人は、先物取引に無知・無経験であり、だからこそ被控訴会社従業員の詐欺的勧誘によって、たやすく本件取引に引き込まれてしまったのである。

控訴人の資産としては、本件株券のほかに、国債や社債があるにすぎず、わずか数日の取引で、その大半である一〇〇〇万円もの損金を計上するような本件取引のリスクに耐えられる程の資金的余裕があったとは、とうていいえない。

(3) このような先物取引不適格者を、いわばねらい撃ちして委託証拠金名下に金員を騙取しているのが被控訴会社の業務の実態であるが、このような営業方法が公序良俗に反することは明らかである。

(二)  悪質・不当な勧誘

(1) 被控訴会社が、無差別かつ強引な勧誘、絶対値上りするといった断定的判断の提供・利益保証による勧誘、虚偽もしくは著しく誇大な事実の告知による勧誘など、商品取引法・海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律(以下、海外先物取引規制法という)・受託契約準則等にも違反するような悪質かつ不当な勧誘方法を用いている。本件取引においても、次のような悪質・不当な勧誘行為が行なわれている。

(2)ア 控訴人は、昭和五七年三月八日、自宅において午後三時ころから約一時間半にわたって、被控訴会社従業員Bから、「香港純金塊取引は、現物取引であり、先物取引やマージン取引ではない。取引は、三ユニット単位で三〇〇万円であるが、老人・主婦等では三〇〇万円出せないといわれるので、一ユニット一〇〇万円で三人抱き合わせで買ってもらっている。現在、一グラムあたり二四〇〇円から二五〇〇円しているが、二〇〇円上がったら七三万円の利益が確実に上がる。」などの説明を受け、金取引をするよう勧誘された。これ自体、絶対値上りするとの断定的判断を提供した不当な勧誘行為である。

イ 次に、翌九日には、被控訴会社従業員のCとBが再度控訴人宅を訪れて執拗に取引の増量を迫り、「貴方は藤沢薬品の株を大量に持っている。有価証券で代用できるのは初回だけで、二回目からは現金でなければ受け付けないから手持ちの株を全部見せよ。四月になれば、銀行が金取引を始めるから必ず一グラムあたり三〇〇〇円に値上がりする。私が責任をもつ。」など、断定的判断を提供し、かつ虚偽又は誇張した説明による勧誘を行ない、控訴人をして八ユニットもの大量取引に引き込んでいる。

ウ 翌一〇日には、被控訴会社従業員Cが控訴人方を訪れ、「四月になれば大もうけができるのだから、この際、国債・社債等で取引したらどうか。証券の現物がなければ預り証ででも取引ができる。」などと説明し、前二日と同様の勧誘方法で執拗に取引の増量を迫っている。

エ 更に、翌一一日、被控訴会社従業員DとCが控訴人宅を訪問した際には、Dが「これは極秘情報だが、金も株式のように一部の政治家・資産家によって値を操作してもうけている。これには一口五〇〇〇万円単位でしか加入できない。四月五日には一グラムあたり四〇〇円上げることになっている。この方法により、四月六日には必ず利益を持ってくる。」などと述べ、これに対してCが、「そんな事は初耳である。何故もっと早く知らせてくれなかったのか。私の生駒の客もその話しに入れてほしい。四月五日に必ず四〇〇円上がるのだから、やらなくては損だ。」などと調子を合せ、控訴人をして、重ねて本件取引に引き込んでいる。

これは、右両名が積極的に虚偽の事実を告げて控訴人を欺罔した詐欺行為であり、その違法性ははなはだしいといわなければならない。

(3) 本件に見られる被控訴会社の以上のような勧誘行為は、取引社会で通常許容される勧誘方法の範囲をはるかに逸脱した違法・不当なものである。

(三)  重要事項の不告知

(1) 被控訴会社は、顧客を取引に勧誘するに際し、金取引についての基礎的な知識、例えば、「香港純金塊取引」の仕組・内容、先物取引の投機性、出捐した金員の約一〇倍もの取引がなされることや、追加保証金(補充受渡代金)の制度、差金決済制度等先物取引の基本的且つ固有の制度についての説明を十分にしていない。かえって、「本件取引は先物取引ではなく現物取引である。」と明言し、顧客をして現物取引であるとの認識を持たせてしまう。

(2)ア 本件においても、昭和五七年三月八日に被控訴会社従業員Bから取引の勧誘を受けたときに、同人は香港純金塊取引顧客承諾書、香港純金塊取引同意書等の書類に性急に署名捺印するよう求めるばかりで、その内容についての説明をしないばかりか、控訴人がそれをゆっくり読む時間さえも与えなかった。この点は、同月九日、一〇日、一一日の取引の時にも同様であった。

イ また、控訴人は、父親が小豆相場に手を出して財産を失った幼時期の記憶を有していることから、先物取引に対しては非常な警戒心を有しており、昭和五七年三月八日にBから取引の勧誘を受けた折にも、先物取引やマージン取引ではないか、ということをくどい程念を押して尋ねている。これに対し、Bは、ビロードの箱に入っている二本の金の延板を控訴人に見せ、「この品物の現物を渡すのが原則だが、航空費・保険料が莫大なので香港で保管してもらいなさい。」と述べ、現物取引であることを繰り返し強調している。

ウ 同月九日にも、被控訴会社従業員Cは、控訴人に対し、「会社の取引はあくまで現物取引である。保険料・倉庫料・航空運賃等で莫大な費用がかかるので、香港で保管してもらっている方が得である。」と力説し、現実に出捐した金額の一〇倍もの金員を払わなければ金地金は受け取れないなどの点は故意に説明を避けている。

(3) ところで、本件取引の実態が先物取引としての本質的要素を備えており、先物取引の範疇に入るべきものである。すなわち、

先物取引とは、売買の当事者が将来の一定の時期において、当該売買の目的となっている商品及びその対価を現に授受されるよう制約される取引であって、現に当該商品の転売又は買戻しをしたときは差金の授受によって決済することができるものをいう。

香港純金塊取引のうち、オーバーナイト取引は、プレミアム・倉庫料を支払うことによって、受渡しを将来へと延ばしてゆける取引であるが、一定額の保証金(受渡代金の一部)を入れることによって、その約一〇倍もの取引がなされること、追加保証金(補充受渡代金)の制度の存在すること、受渡しを先へと延ばしてゆけるものの、将来のある時期には必ず決済しなければならないこと、途中で転売・買戻しによる差金決済のできることなど、先物取引としての本質的要素を備えており、先物取引の範疇に入るべきものである。

しかし控訴人は、あくまで最低受渡代金代用証券として預託した本件株券に相当する金の現物を買ったものと信じていたのであり、その一〇倍もの価格の金の売買がなされているとの認識を全く欠いていた。

(四)  難解な単位等の使用

(1) 被控訴会社は、本件取引において、「ユニット」「テール」など通常人にはなじみのない単位をことさらに使用し、これらに対する十分な説明をしていない。また、香港ドルをもって取引の値段を決めているため、その価格・数量等が著しく把握しにくいものとなっている。

このことは、顧客をして数量・価格の判断を誤まらせ、ひいては、香港純金塊取引が先物取引であるとの認識を誤まらせる重要な契機となっている。

(2) 控訴人の場合も、代金代用証券相当の金の売買がなされていると誤信するについては、「ユニット」や「テール」とグラムとの換算、香港ドルと日本円との換算などが被控訴会社において意図的に曖昧にされ、混乱させられたことも一つの要因となっている。

(五)  呑み行為

被控訴会社の行なう「香港純金塊取引」なる取引は、極めて欺瞞に満ちた取引であり、真実には顧客の注文を香港金銀業貿易場につないでおらず、その取り次ぎを装った悪質な呑み行為というべきである。

この事情は、控訴人の引き込まれた本件取引においても同様と考えられる。

(六)  全量向い玉による客殺し

仮に、顧客の注文が真実香港純金銀業貿易場につながれているとしても、被控訴会社は顧客に対して、「全量向い玉」を建てていわゆる「客殺し」を行い、顧客の委託証拠金を騙取している。

「客殺し」とは、保証金を集めるだけ集めたうえで、取引の一定時期において多額の損勘定を計上し、客には相場の変動によって損をしたと見せかけて保証金を巻きあげてしまう方法である。

本件においても、わずか四日間の取引で、一〇〇〇万円近くの損金が計上され、ほぼ同額の受渡代金をこれに充当しても、なお七九三五円の損金が残るという典型的な客殺しの手法が認められ、当初から株券の騙取を意図した詐欺行為と考えられる。

(七)  取引約款の公序良俗違反性

被控訴会社は取引約款として「香港純金塊取引顧客承諾書」「同同意書」「同システムについて」の各書類を制定し、これを用いて顧客と契約を締結しているが、この取引約款(以下本件取引約款という)は、次に指摘する四点において著しく不合理かつ不当であり、公序良俗に違反するものといわざるを得ない。

(1) 「香港純金塊取引」の基本的仕組、特徴の説明が欠落している。

ア 被控訴会社の業務は、「香港純金塊取引」の「オーバーナイト取引」である。その「オーバーナイト取引」とその委(受)託契約の基本的仕組、特徴は①一定額の証拠金(受渡代金の一部)を提供することによって、その約一〇倍もの純金を買(売)付けること、換言すれば、顧客が被控訴会社に提供する金員は買(売)付総代金の一〇パーセントに過ぎないこと(証拠金取引)、②価格変動により顧客の試算上の損金が、証拠金の、例えば五〇パーセントを越えるに至った場合には、その損勘定補填のため、追加証拠金(補充受渡代金)を提供しなければならないこと(追加証拠金制度)、③将来に転売、買戻しによって差金授受だけで売買の拘束からの離脱が可能であり、かつそれが常態であること(差金決済)、④したがって、価格変動による損益は、証拠(受渡代金の一部)金額に比して一〇倍に増幅されて現われることになり、そのため、わずかな価格下落(買付けている場合。売付けている場合には価格上昇)によって証拠金の大半あるいは全額を越える損失を蒙むる危険性があること(投機性、危険性)等に要約することができる。

この基本的仕組、特徴は一般市民の取引(契約)常識からかなり遠く隔たったものであるから、一般市民を顧客とするべく勧誘し、理解納得を得るには、わかりやすく説明が尽されなければならない。

イ しかし、いずれの点についても本件取引約款には全く記載が無いか、極めて不正確な記載しかなされていない。すなわち、①の点に関しては、かろうじて「香港純金塊取引システムについて」の五項に「<省略>お取引開始時に総受渡代金が一部しか納入されていない時は<省略>」との記載が見受けられるだけである。他の書類には、「証拠金取引」を説明した記載が全くない。ところが、この記載は追加証拠金(補充受渡代金)の必要性を主旨とした記載の一部分に過ぎず、正面から「証拠金取引たること」を説明したものではない。したがって、一般市民にとってこの記載から「香港純金塊取引(オーバーナイト取引)」とその委(受)託契約が「証拠金取引」であることを認識、理解することは到底不可能である。しかも、証拠金(受渡代金の一部)が総代金の何パーセントに当たる金額であるかの記載は全書類のどこにも記載されていない。

ウ ②の点に関しては、「香港純金塊取引システムについて」の五項及び「同同意書」の後段、「同顧客承諾書」の八項がその旨の記載のつもりなのであろうが、意味不明、言葉足らず、用語不適切等により、前述の「証拠金取引」であることの説明欠落と相俟って、一般市民には到底その趣旨が追加証拠金制度の説明とは理解され得ない。結局被控訴会社制定の取引約款には、追加証拠金制度の適正な説明も欠落している。

エ ③の点に関しても、全くどの書類にも記載がない。わずかに「香港純金塊取引システムについて」の五項に「<省略>オーバーナイト(持ち越し)決済の場合にのみ<省略>」との「決済」が差金決済を意味すると読みうるようではあるが、これとても四項の記載と相俟って、翌日へ翌日へと順次持ち越したうえ、総代金を支払って金の現物を受領することを指しているとも読みうるのであって、明快に差金決済を規定したものではない。

④の点に関しても、どの書類にも記載はない。因みに海外先物取引規制法では「危険性の開示」が義務づけられている(同法四条、同法施行規則二条、通達二項)。また東京金取引所における金先物取引でも同様の義務づけがある。

オ その他、被控訴会社、香港ゴールドトレーディングユニオン(以下ユニオンという)、宝発金号三社の法律上、事実上の関係も本件取引約款からは明確でない。

(2) 用語、表現が不明瞭あるいは難解である。

ア 全ての取引約款について共通の事柄であるが、とりわけ先物取引とその委(受)託契約は一般市民にはなじみの薄い取引形態であるから、その取引約款は平明かつ一義的に記述されなければならない。しかも、その平明さは、被控訴会社が顧客とすべく勧誘を試みた一般市民の取引知識、経験の程度に則し、彼らが十分に理解しうる表現によって支えられなければならない。

イ ところが、本件取引約款はその用語、表現が不明瞭、難解の一語に尽きる。「香港純金塊取引顧客承諾書」にそれが顕著である。その八項の一部には、「何らかの理由により貴社への支払いが果されない時、又は他の理由でこの契約を解約する場合、私は貴社の自由判断により、且つ私の通知、通告無しに、私の危険負担に於いて、貴社に預託した未決済の契約(注文)を全部或いは一部決済する権利を貴社に認めます。<省略>」とある。先物取引の仕組み、特徴を知る者には、追加証拠金不払い時の違約処分を規定したものとの推測、善解もできなくもないが、それとても「他の理由でこの契約を解約する場合」とは何のことかは理解できず、一般市民にとって違約処分の規定とは到底理解できない表現である。「私の『危険負担』」や「貴社に『預託』した『未決済の契約(注文)』」なる用語も極めて不適切である。「同承諾書」の四項、一〇項、一五項、一八項等も全部又は一部が意味不明瞭である。

ウ いずれの書類を見ても、「プレミアム」「ディスカウント」「倉庫料」等の用語の説明が無く、また「香港金銀業貿易場の規則、慣習」「金取引法令及び関連規約」がいかなるものであるのか、その要旨要点の説明も無い。因みに、後者に関して、海外先物取引規制法は基本契約書に外国為替及び外国貿易管理法に基づく規則その他海外商品取引業者が海外先物契約を履行する場合に受ける規則の概要等を記載しなければならないとし、(法四条、施行規則二条一項九号、一〇号)、通達一二項(ⅰ)九号、一〇号でその内容を詳細に指摘している。

エ 国内の商品先物取引にあっては、取引内容が受託契約準則に統一され、しかも先物取引の基礎的知識は「委託者のしおり」に平明に説明されていることと対比すれば雲泥の差である。

(3) 「現物取引」との認識へと誤導する

本件取引約款が先物取引である「香港純金塊取引(オーバーナイト取引)」とその委(受)託契約の重要事項を正しく表示していないのみならず、顧客を積極的に誤導する記載をも有している。すなわち、「香港純金塊取引システムについて」の一項に「香港純金塊取引は先物取引ではありません」との記載がそれである。その二項の純金受渡しについての記載、四項の「<省略>即日金塊を受渡しする規則になっております(が)」「オーバーナイト(翌日以降持ち越し)の場合は<省略>毎日プレミアム(公息)及び<省略>金塊保管料が必要となり<省略>」との記載が「現物取引」と錯誤せしめる表現であるのに加えて、「先物取引ではありません」の一言は顧客を決定的に「現物取引」認識へと誤導するのである。被控訴会社がこの一節を冒頭に記載しているのは、「先物取引は恐い」との一般市民の認識を前提にし、これを欺罔する意図からと思われる。実際にこの記載とさらに同旨の社員の販売話術によって「現物取引」と誤解して取引に入ってしまった被害者は相当多い。

(4) 記載内容が極めて偏頗である。

ア 取引約款は取引当事者間の権利義務を規定するにつき、合理的かつ公正でなければならない。

ところが、本件取引約款は被控訴会社の権利と免責条項、顧客の義務を数多く規定している反面、顧客の権利、被控訴会社の義務の規定は全くといってよい程存在しない。

イ 例えば、国内商品先物取引での受託契約準則では、委託証拠金の返還時期を手仕舞後六営業日以内と規定し(九条)、業者が顧客から受託を受ける場合の受指示事項を規定し(三条)、不当な勧誘の規制を規定し(一七条)、一任売買・無断売買の禁止を規定している(一八条)。しかし、本件取引約款にはこれらに類する規定は全く見当らない。却って「貴社に対する私の香港純金塊注文は、全く私の自由意思によるもので、且つ私の責任によるものであることは相違ありません」(香港純金塊取引承諾書」三項)、「私の全ての香港純金塊取引及び金輸入に関して貴社の予期又は管理を越える全ての事態については、貴社は一切の責任が無いことを認めます。」(同五項)、「<省略>何らの通知無しに貴社に預託した受渡代金口座より必要金額を差引くことを貴社に認めます」(同九条)、「<省略>私より別の意思表示がない限り、私の口座の有効な超過資金は自動的に、私の継続受渡代金取引口座に振り替えることを認めます」(同一〇条)、「私は私自身の判断で注文するものであり、貴社の雇用人の意見は参考とするに過ぎず、香港純金塊取引による確実な利益を保証するものではないことを認めます」(同二一条)等々と枚挙にいとまが無い程、顧客の義務と被控訴会社の免責条項ばかりが記載されている。当事者間の連絡についても、被控訴会社は「電話、伝言、手紙、手渡し等如何なる伝達方法でも充足される」(同二〇項)とされる一方で、顧客から被控訴会社へは「三日以内に貴社長宛の書面による異議の申立てがなされぬ場合<省略>承諾したものと(する)」とされていると言った具合である。この点前記受託契約準則は業者の文書報告義務を規定するだけで(一六条)、承諾見做規定等は存在しない。海外先物取引規制法の規制もこれと同様である。

以上から、本件取引約款がいかに偏頗なものであるかは明らかであろう。

6  不法行為

(一)  被控訴会社は、5に記載のとおり、難解かつ不明瞭な約款を用い、先物取引についての重要な事項を説明することなく悪質・不当な勧誘方法によって、控訴人を本件取引に引き込み、取引においては注文を香港金銀業貿易場につながないか或は「全量向い玉」による「客殺し」を行って損金を計上し、委託証拠金名下に本件株券を騙取した行為は、全体として詐欺による不法行為を構成する違法なものである。

(二)  ところで本件株券の昭和五七年三月八日ないし一〇日の時価は次のとおりである。

三月八日 一〇〇〇株 単価(時価)一二五〇円

一二五万円

同月九日 九〇三一株 単価(時価)一二三〇円

一一一〇万八一三〇円

同月一〇日 四〇〇株 単価(時価)一二六〇円

五〇万四〇〇〇円

合計 一二八六万二一三〇円

(三)  控訴人は右不法行為によって、右一二八六万二一三〇円の損害を被った。

7  本件取引行為の無効・取消

(一)  被控訴会社の本件取引は、前記5のとおり公序良俗違反によって無効である。

(二)  本件取引において、少くとも控訴人が交付した本件株券の価格相当の現物の引渡しを直ちに受け得ることは、本件契約の要素であるが、真実はいわゆる先物取引であって、右現物の引渡しを直ちに受け得るものではなかった。よって本件取引は契約の要素の錯誤があり、無効である。

(三)  控訴人は、被控訴会社の従業員の言を信じて本件取引をしたが、右は虚偽であったから、控訴人は詐欺による意思表示として、昭和五七年三月一七日付書面をもって、その取消の意思表示をし、右書面は翌一八日被控訴会社に到達した。

(四)  しかして被控訴会社は控訴人に対し、本件株券を返還すべき義務を負うべきところ、被控訴会社は昭和五八年九月九日、本件株券を合計一〇五七万五七〇四円で無断売却し、これを控訴人に返還することが不可能となり、控訴人は同額の損害を蒙った。

8  よって控訴人は、主位的に右不法行為による損害金一二八六万二一三〇円の内金一〇〇〇万円及びこれに対し右不法行為後の昭和五九年三月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に本件取引行為の無効・取消に基づく本件株券返還が不能となったことによる損害金一〇五七万五七〇四円の内金一〇〇〇万円及びこれに対し控訴人が損害金の請求をした右同日から支払済まで右年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被控訴会社の認否と主張

1  請求原因1の事実を認める。

2  同2の事実のうち、控訴人主張の頃被控訴会社従業員が控訴人に対し、香港純金塊の現物延取引を勧誘し、その取引規約に基づく最低受渡代金代用証券として、主張の日に本件株券の交付を受けたことは認める。その余を争う。

3  同3の事実のうち、被控訴会社の従業員が主張のようなことを申し向けた事実を否認する。控訴人が誤信したことを争う。

4  同4の事実を争う。

5  同5の事実のうち、冒頭の主張を争う。

同5の(一)の(1)の事実のうち、被控訴会社が香港純金塊取引なる名称で行っている海外金現物取引の取次受託業務の対象者をことさらに先物取引不適格者としているとの主張を否認する。

そもそも本件取引は先物取引ではないから、先物取引不適格者か否かは本件と関係がない。本件取引は「極めて技術的で特殊な取引」ではなく、売買代金の一部を被控訴会社へ支払うのみで金が買え、売却についても同様の取り扱いがあり、ただ値下りとか値上りが激しく、売買代金の一部として入れた金員のみでは取引相手が決済時に残代金を入れてくれるか否か、業者として不安を感じるに至った時に、売買代金の一部の割合を増加して貰うという特約が付加されている取引にすぎない。金の値動きなどは一般新聞紙に毎日掲載されており、特に大豆とか小豆などよりはるかに一般大衆になじんでいる商品であり、商品の中ではむしろ投機性の弱い商品である。したがって本件取引は相場変動のリスクに十分耐えうるだけの資金的余裕などなくても、売買総代金さえ理解する能力があれば、自己の意思で取引をしたいと考える人すべてが取引適格者ともいえる。被控訴会社の取引対象者が主婦や年金・退職金生活者がほとんどであるとの主張を否認する。

同5の(一)の(2)の事実は不知ないし争う。

同5の(一)の(3)の事実を否認する。

同5の(二)の(1)の事実を否認する。

同5の(二)の(2)の事実を争う。

被控訴会社の従業員Bは、被控訴会社が、香港金銀業貿易場正会員宝発金号を通じて行なっている香港純金塊取引を、持参のパンフレット、同取引顧客承諾書、同取引説明書、同取引同意書を示し、取引システムを口頭で説明し、取引を勧誘したところ、控訴人は取引を開始したいと述べたため、右書面を手交し、かつ熟読を求め、その内容について納得して貰った後、控訴人の署名押印を貰った。なおその際、控訴人は金の値動きのグラフも見ている。

そして、同日、控訴人は、右取引システムに基づく第一回の取引として、一ユニットの買注文を出し、被控訴会社はこれを受けて、同日宝発金号日本総代理店のユニオンを通じて香港金銀業貿易場に買注文を入れ、取引を成立せしめた。右取引に必要な最低受渡代金は一〇〇万円であるが、控訴人は本件株券をもって代用したいと申し入れたので、七割評価で受入れることを合意して、一〇〇〇株の預託を受けた。続いて、翌九日に八ユニットの、翌一〇日に五ユニットの買注文があり、被控訴会社は前同様の方法で取引を成立させ、前者に対しては九日九〇三一株の預託を受けたが、後者の最低受渡代金五〇〇万円分については一一日に四〇〇株だけ手渡され、残りは少し待ってくれとのことであった。しかし一方で控訴人は被控訴会社従業員Dの見透しを聞いて、同日更に一六ユニットの買注文をしたので、被控訴会社は前同様にして取引を成立させ、一八日に最低受渡代金の未払分二〇五五万円を預託してほしい旨依頼した。ところが同日控訴人から控訴人主張の内容証明郵便を送られたため、その意思確認をすると、金は引き取らないとのことであった。

そこで被控訴会社は、金を引き取る意思がないのなら、反対売買で清算して貰うしかない旨申し入れ、控訴人よりその旨の了承を得て、控訴人の取引のすべてを決済する手続を行い、その結果を控訴人に報告した。右清算結果は原判決添付顧客売買明細帳記載のとおりであり、控訴人には差引七九三五円の損金が出る結果となっている。

以上のとおり、すべての取引は最終的にはすべて控訴人の判断と決意でなされている。セールスマンに多少の誇張や誘引があったかもしれないが、そうした誇張や誘引について、控訴人は疑問点を質問したはずである。控訴人にそうした能力が十分備わっていたものである。

同5の(三)の(1)、(2)の事実を争う。

重要事項はセールスマンの口頭による説明で告知されているし、各種書類にも十分記載されている。不明の点は取引する前に納得するまで質問すればよい。控訴人は昭和五七年三月八日は口頭の説明で納得し、九日ないし一一日は読もうと思えば読めた書面を自らの意思で読まなかったのであるから、その不利益は控訴人が負担すべきである。

同5の(三)の(3)の主張を争う。

本件香港純金塊取引は、いわゆる先物取引ではなく、現物延取引であって、金の現物はその購入価額の総額を支払って始めて引渡しを受けうるものである。ただ現物取引ではあるか繰り延べができるため、反対売買による清算が可能であり、現実に引渡手続をしないで差金決済ができる。控訴人はそうした事実を十分承知していたものである。

なお先物取引は、いわゆる「限月」と呼称される「将来の一定の時期」に授受することが前もって定められている取引で、価格は、各限月毎に毎日複数決定され、しかも右限月価格が示されるために、価格変動に対する当業者のリスクヘッジ取引を可能とするものである。本件取引には「限月」という「将来の一定の時期」は存在せず、価格は刻々と変化する現時点の価格しかなく、したがって、同時に将来の複数の価格が示されることもない。したがって、本件取引は価格変動に対するリスクヘッジ機能を有する取引ではない。

同5の(四)の事実のうち、被控訴会社が「ユニット」「テール」の単位を使用して取引を行っていることは認める。その余の事実を争う。

取引において、「ユニット」「テール」の単位はセールスマンが何度も説明している。

同5の(五)の事実を否認する。

同5の(六)の事実を争う。なお商品取引でも向い玉が違法でないことは、判例で確立している。

同5の(七)の事実のうち、本件取引約款が説明不十分、説明の欠落、用語・表現の不明瞭、難解、不当、偏頗等により公序良俗違反であるとの点を争う。

6  同6の事実を争う。

7  同7の事実を争う。

被控訴会社と控訴人との本件取引は、控訴人の指示により昭和五七年三月一九日清算、終了し、その際控訴人に九四五万一一四五円の解約差損金が生じた。ところが控訴人は右損金の清算方法を明示せず、現金清算により株券の返還を求めるのか、又は本件株券の売却により清算を求めるのか不明の状態が続いた。そこで被控訴会社は、損金分未入金に基づく損害拡大を防ぐため、昭和五八年九月九日やむなく本件株券を売却処分し、その代金を香港純金塊取引顧客承諾書九条に基づき、右損金九四五万一一四五円及びこれに対する昭和五七年三月二〇日から昭和五八年九月九日まで年六分の割合による遅延損害金八三万七三九七円に充当した。

四  証拠関係

原審及び当審記録中の各書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因一の事実及び同二の事実のうち控訴人主張の日時に、控訴人が被控訴会社の従業員に対し、本件取引に関し、その主張の数量の本件株券を交付したことは、当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第三号証ないし同第一六号証、乙第二号証ないし同第二〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一号証、当審証人C、同Dの各証言(ただし、後記措信しない部分を除く)、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)によると、次の事実を認めることができる。

1  控訴人は、大正一〇年○月○日生れで旧制中学を卒業後肥料や農薬のセールスなど職業を転々とし、その後製茶業の会社に事務員として勤務し、本件取引当時は満六〇才で無職であった。

控訴人は父親が有していた株式を相続したほか、証券業者のすすめで二回程株を買ったが、父親が株のマージン取引で莫大な損害を被ったことがあり、マージン取引はこわいものと教えられ、株式取引も右の程度にとどまり、常時その取引に親しんだものではなく、退職金や貯金も社債や国債を買ってこれを運用する程度であった。

2  ところで昭和五七年三月八日午後、被控訴会社の女子事務員から、控訴人方に、セールスマンが金を売りに行く旨の電話が掛り、断わったが、話だけでも聞いてほしいと頼まれ、間もなく被控訴会社の従業員Bが控訴人方を訪れた。控訴人は金を買うつもりはないと断ったが、話だけでも聞いてほしいとねばられ、部屋に入れるに至った。Bは、金が財産保全、利殖に有利な趣旨を記載したパンフレットを見せ、香港の金は純度九九パーセントで価格も一割程安い、現物も持っていると言ってビロードの箱に入っている二本の金の延板を見せ、取引を始めたら現物を渡すのが原則であるが、航空費、保険料が大きいので香港で保管してもらい、計算でやる、控訴人もそのようにするようにすすめ、先物取引ではない、現物取引である、三ユニットが一口になっており、一ユニット一〇〇万円なので三〇〇万円になる、一ユニットでも買ってくれ、二〇〇円上ったら七三万円の利益がある、二〇〇円上ったら必ず売ってもらいたいなどと頼み、控訴人が金がないと断わると、同人は土下座をして頼み込み、控訴人において藤沢薬品の株を持っているであろう、最初の取引においては、現金でなくても有価証券で代用できる、株式は新聞相場の七割である旨話した。

控訴人は一〇〇万円で金を買って一グラム二〇〇円上ると七二、三万円の利益があるとの話については疑問を持ち説明を求めると、一〇〇万円で帳簿上は三七〇〇グラム余りの金を買ったようにするということであり、控訴人としては釈然としないものがあったが、支払った代金分の金を買うという考えのまま、藤沢薬品株一〇〇〇株を代金代用として交付し、一ユニットの買注文をし、その後急がされるままその内容もよく読まず、本件取引に関する細かい約定や説明をした香港純金塊取引顧客承諾書(乙第二号証)、「香港純金塊取引システムについて」と題する書面(乙第三号証)、香港純金塊取引同意書(乙第四号証)にそれぞれ署名し、Bは控訴人に対し、その受領した右藤沢薬品の株一〇〇〇株について、香港純金塊取引受渡代金仮受領証(乙第六号証)を交付した。

3  翌九日、Bが再び被控訴会社の営業副長Cとともに控訴人方を訪れ、釈然としていない控訴人に対し、マージン取引とか先物取引ではない、藤沢薬品の株がまだ残っているのならその株券を見せてもらいたい、今年四月必ず値上りするのは間違いない、責任を持つ、財産を眠むらすのか、それとも被控訴会社に入れるのとどちらがよいか、その株券でどの位取引できるか計算してみると説得し、控訴人がみせた右株式九〇三一株について、これであれば八〇〇万円はいける、是非取引をしてくれ、もうこの機会を逃したら有価証券では取引できないと言って、控訴人から八ユニットの買注文を取った。

4  翌一〇日再びCが前日の株券受領の領収書を持参し、控訴人に対し、まだほかに株券があるかと尋ね、控訴人にもう株券がないと聞くや、社債とか国債とかはあるだろう、あるのであればそれもこの際取引したらどうか、利益がぐっと増えると説得し、証券会社の預り証を見て、これてあれば五〇〇万円取引できる等と言って控訴人から五ユニットの買注文を取った。

5  さらに一一日DとCが控訴人を訪れ、預り証では取引ができない、と前日と異なる話をするので、控訴人は最初の取引は仕方がないが、そのほかの取引はやめたと抗議したところ、Dがとりなして、預けてある証券を受け出す委任状を書いてもらい、Cが受け出しに行くということで話がおさまり、その後Dが控訴人に対し、「株式では有力者や政治家が組んで値をつりあげバサッともうけることをしているが聞いたことあるか。金の方についても一部の政治家と資産家が金の上げ下げをしてもうけている。最近入った情報では、四月の五日に金を四〇〇円上げるというような情報が入っている。これは極秘中の極秘で被控訴会社でも上層部の者しか知らない。四〇〇円上ったら四八〇〇万円の利益が出る。利益と元金を控訴人のところへ持って来る。今までに一四〇〇万円の取引をしてもらったが、もうあと一六〇〇万円してもらえば三〇〇〇万円になる。大口は五〇〇〇万円が単位だが、抱き合せで三〇〇〇万円でもいけるようにするから、是非やってもらいたい。」と申し向け、これに対し、Cが、「課長、そんなこと初耳や、生駒の客でもっと取引したいという人があるのに、そのような良い情報があるのならもっと早く教えてもらわなければ困る。」とひどく怒るというようなことをしたため、控訴人は、四月五日に価格操作で四〇〇円上がると信じ、さらに一六ユニットの買注文をした。

6  しかし控訴人は、右一一日の夜以上の契約を振り返って考えてみて、結局自分は株券代用の三〇〇〇万円で三億円の金を買わされているのではないかと気付き、自分の家、屋敷など全財産を処分しても到底間に合わない金額であるとわかって、冷汗のでる思いでびっくりし、すぐに以上の契約を白紙撤回すべく被控訴会社へ電話をするに至った。

以上の各事実を認めることができ、当審証人C、同Dの各証言中並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右すべき証拠はない。

三  不法行為の主張について

前記乙第二ないし第四号証、成立に争いのない甲第一七号証、同第二〇、二一号証、同第三五号証、同第三九、四〇号証、乙第四六、四七号証、同第四九号証、成立に争いのない甲第五一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一九号証(甲第四七号証)、原審証人Eの証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被控訴会社は、昭和五四年二月一日に設立され、昭和五六年九月までは金地金取引の私設市場である大阪金為替市場の会員として、金地金の予約取引及びその顧客からの受託業務を行ってきた。

2  しかし金取引について、業者の中には一般大衆に対する不当過当な勧誘、仕手筋介入による相場操作等の弊害が出、全国的に被害者問題が出るようになって、昭和五六年九月一六日金が商品取引所法の対象となる政令指定商品とされ、東京に金の取引所が開設され、日本国内では私設の金市場の設立が不可能となり、また被控訴会社らが行っていた金取引が先物取引類似行為であると非難されるようになっていた。

3  そこで被控訴会社は、同年九月以降は国内市場における金取引をやめ、国外の市場である香港金銀業貿易場での香港純金塊取引の受託を主として行うようになった。

その営業方法は、香港金銀業貿易場の会員宝発金号の日本における代理店であるユニオン(F経営)に対する取次業を行うという方法であり、被控訴会社が客の注文を取り、これをまとめて電話によりユニオンに取り次ぎ、ユニオンはテレックスにより宝発金号に右注文を出していた(ただし、ユニオンは昭和五八年一月一四日解散したため、その後は被控訴会社は直接宝発金号に右注文を出すようになった)

4  香港金銀業貿易場における取引はザラバ方式(同貿易場の会員が相対的に取引を成立させて行き、成立した値段は、成立売買毎に異なる)によって値段が決定され、その取引時間は前場が現地時間九時三〇分から一二時三〇分まで(日本時間一〇時三〇分から一三時三〇分まで)、後場が現地時間一四時三〇分から一六時三〇分まで(日本時間一五時三〇分から一七時三〇分まで)であり、土曜日は前場のみで、各場におけるオープニング及びクロージングの価格、加盟会員間の取引清算のための基準価格が公表され、その日の最高値(ハイ)と最低値(ロー)が公表されることもある。

金の受渡しが原則であるが、その日に受渡しせず、翌日に順次持ち越して繰り延べて行くことができ、翌日に持ち越すためには所定のプレミアム及び倉庫料を支払うことが必要である。そして被控訴会社は右繰り延べの取引を、繰り延べ取引と称し、途中において反対売買により売買を終了させ、差金決済をすることができる。

5  ところで被控訴会社は、客からの注文を受けた場合、全体として売りと買いが同数であれば、これをそのまま宝発金号に取り次ぎ、売りと買いが同数でないときは、その差について被控訴会社の売り又は買いを建てるいわゆる向い玉を建てて、その取次ぎをし、なおこの場合証拠金は香港に送金する必要はなく、被控訴人がこれを手許に保留しうるものであった。そしてその取引の成立価格は、オープニング又はクロージングの価格によっていた。

6  控訴人が署名した香港純金塊取引顧客承諾書(乙第二号証)8項には、「私の注文した全ての香港純金塊取引は貴社の通知に従い、いつでも最低受渡代金を貴社の要求により補填し、貴社の保護に必要な場合、貴社の完全自由判断により、取引及び取引に係わる金銭を貴社に当日又は、規定された当日以前に支払うものとします、何らかの理由により貴社への支払が果されない時、又は他の理由でこの契約を解約する場合、私は貴社の自由判断により、且つ私への通知、通告無しに、私の危険負担に於いて、貴社に預託した未決済の契約(注文)を全部或いは一部決済する権利を貴社に認めます。……」との、「香港純金塊取引システムについて」と題する書面(乙第三号証)4項には、「香港金塊取引は即日金塊を受け渡しをする規則になっておりますか、オーバーナイト(翌日以降持ち越し)の場合は売又は買のいづれかに毎日プレミアム(公息)及び、別に売・買双方共一定の金塊保管料が必要となり、加算されていきますので御留意下さい。……」との、5項には、「香港金塊取引においてオーバーナイト(持ち越し)決済の場合にのみ、金塊の価格変動が生じた場合、お取引開始時に総受渡代金が一部しか納入されていない時は、この減額計算に対して翌日一二時迄に補充受渡し代金が必要となりますので御注意下さい。」との、香港純金塊取引同意書(乙第四号証)には、「…貴社に対する私の注文に従い香港金銀業貿易場に於いて純金塊の売買受渡し決済を行う権利を貴社が持つ事を承認します。もし、私口座の受渡し代金が貴社に納入時比五〇パーセントに減額計算となった時は、不足代金は発生日の翌日(但し休日を除く)の午前一二時迄に責任をもって支払います。」との各記載がなされており、その記載を総合すると、代金の一部を受渡し代金として支払うことによっても、本件香港純金塊取引ができ、かつ前記のとおり取引の履行期を順次繰り延べることも可能であって、途中反対売買により差金決済をすることもできるが、それまでの間に、金の値動きにより、顧客に差損が生じ、受渡代金が納入時比五〇パーセントに減額計算となった時は、顧客がその不足代金を支払うべき義務があり、その支払を怠った場合被控訴会社が何時でも手仕舞できる趣旨と解しうるが、その表現は間接的表現を含み直截でなく、一般大衆にはわかりにくいものというべく、しかも被控訴会社従業員はこれを具体的に十分説明することなく、金の財産価値を強調し、金塊を見せることによって、現物取引を印象付け、専ら金取引による大きな利益を強調して、控訴人に対し、執拗に本件取引の開始を承諾させ、右乙第二ないし第四号証については前記のとおり、控訴人にこれを熟読する機会を与えずその署名を急がせ、さらに被控訴会社従業員らが連日控訴人方に至って、金取引の利益を強調して、控訴人が有するほとんどの株券を受渡し代金に変わるものとして交付させた。

7  通商産業省は昭和五八年三月二三、二四日被控訴会社に対する立入検査をした結果、①被控訴会社の顧客は先物取引の知識のほとんどない主婦や老人が多い、②勧誘に際しては、最初支払う保証金であたかも金の現物購入ができるかのような言い方をし、先物取引としての取引の仕組みを明らかにせず、相場変動によるリスクのあること等について説明を行わない(一ユニット((三・七四三キログラム))当たり一〇〇万円とだけ言い、一ユニットが一〇〇〇万円以上相当の金であることは言わない)、③ほとんどの場合、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供したり、損失を負担することを約し又は利益を保証する、④相場が上がった時に顧客が決済を要求しても言を左右にしてその履行を拒否したり、保証金等の顧客への返還を不当に遅延させる。⑤顧客に対して利益がでる時は相場を告げず、損が発生している時に初めて告げて決済させる、仮に利益が出ても必ず取引量を増して取引の継続を強要する、この結果利益が出て取引を終了した顧客は極めて例外的にしか存在しない、⑥顧客の買注文に対して必ず同数の売注文を自己玉として建て、売り買い同数にして香港に注文している、したがって④の結果、顧客と反対のポジションを持っている被控訴会社には必ず益金が生じる仕組みとなっている、⑦顧客からの預り金は分離保管されておらず、ドンブリ勘定になっている、一部の銀行口座は社長の個人名義になっていたり、役員への貸付に当てられている、この結果、顧客からの預り金に対して多額の資金不足が生じており、この返済に当っては手形を振出している、以上のことなどの問題点が判明した。

8  なお、商品取引所法九六条一項は商品取引員は商品市場における売買取引の受託については、取引所の定める受託契約準則によらなければならない旨規定しているところ、受託契約準則は顧客に対し、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘すること等を禁止し(不当な勧誘等の禁止)、また本件取引当時、商品取引員の受託業務に関し、我国における商品取引所は次のような行為を禁止すべき行為として指示している。すなわち、①新規委託者の開拓を目的として、面識のない不特定多数者に対し無差別に電話による勧誘を行うこと(無差別電話勧誘)、②不適格者(ア)未成年者、禁治産者、準禁治産者、精神障害者、(イ)恩給・年金・退職金・保険金等により主として生計を維持する者、(ハ)母子家庭該当者、生活保護法適用者、(ニ)長期療養者、身体障害者、(ホ)主婦等家事に従事する者等に対し勧誘を行うこと(不適格者に対する勧誘)、③商品取引参加の意志がほとんどない者に無差別或は執ような勧誘を行うこと、④先物取引に関し、「投資」、「利子」、「配当」等の言辞を用いて、投機的要素の少ない取引であると委託者が錯覚するような勧誘を行い、また委託追証拠金についての説明をしないで勧誘を行うこと、以上のことなどが禁止されている。

以上の各事実を認めることができ、右認定に反する当審証人C、同Dの各証言の一部は措信し難く、他に右認定を左右すべき証拠はない。

ところで右認定事実に徴すると、被控訴会社はもともと日本国内における私設市場で金取引を行っていたものであるところ、私設市場による金取引に弊害があり、これが社会的に非難されるようになって、金が商品取引所法の規制対象となる指定商品に指定され、その取引のため東京に正規の金取引所が開設され、他方従前の私設市場における先物取引が困難となるや、右正規の金取引所での取引は行わないで、国外の香港金銀業貿易場における金取引にその業務を転換し、しかもおよそ右貿易場が前記のとおりザラ場取引であって、被控訴会社が受託した取引の成立価格がすべてオープニング又はクロージング価格となることは極めて困難で、考え難いというべきところ、被控訴会社が受託した取引の成立価格をすべて右価格であるとするもので、そのこと自体極めて不自然であり、少くともはたして宝発金号が被控訴会社の受託した取引を右貿易場の取引に通しているかの疑問すら生じ、また被控訴会社は受託した売り、買いの取引が同数とならない場合は、その差額について向い玉を建てる操作をしていることに徴すると(全量向い玉は市場における価格形勢に全く関与せず、清算業務の実質が業者内部で完結し、市場価格を利用する呑み行為の性格を帯びる、なお、呑み行為は商品取引所法九三条により、また過大な向い玉を建てることは同法施行規則七条の三第二号により、それぞれ禁止されている)、いわば被控訴会社は宝発金号を介し、右貿易場のオープニング又はクロージング価格を利用して呑み行為をしているとすら評しうるところがあり、しかも一般顧客に対しては、難解な表現の取引書等を使用し、且つ前記二の事実によると、本件においても、被控訴会社従業員らはこれに対する公平、十分な説明をせず、殊に被控訴会社がいうところの繰り延べ取引の実体は、先物取引であるにも拘らず、これを現物取引と強調し、控訴人が支払った受渡し代金(本件株券による代用)がいわゆる証拠金に相当し、現実にはその一〇倍もの金額の取引が成立し、金の値動きによる差損が生じ、これが右受渡し代金に対する一定比率を越える場合には、ただちに不足額を支払うべく、これをなさなかった場合に手仕舞されることなどの控訴人の明確な理解も得ないまま、専ら金取引の利益を断定的に(殊に三月一一日の金価格操作に関する被控訴会社従業員DとCのやりとりは控訴人を欺罔するもので不当であることは明らかである)強調したものであって、我国における商品取引所の受託契約準則、指示事項(禁止行為)をも鑑みて、以上を総合すると、被控訴会社の本件取引行為は、公序良俗に反し無効というのが相当である。

しかしながら、以上認定の事実をもっても、控訴会社が客から受けた注文を香港金銀業貿易場につながないとか或は「全量向い玉」による「客殺し」を行っており、控訴会社従業員が本件株券を代金名下或は委託証拠金名下に騙取したものとは、いまだ認めるに困難であり、他にこれを認めうべき的確な証拠はないといわなければならない。

そうすると、控訴人の詐欺による不法行為に基づく本件主位的損害賠償請求は、その余の点について論ずるまでもなく理由がない。

四  公序良俗違反の主張について

1  被控訴会社の本件取引行為は、前記説示のとおり、公序良俗に反し、無効というのが相当である。

2  そうすると被控訴会社は控訴人に対し、本件株券を返還すべきところ、成立に争いのない甲第五二号証及び弁論の全趣旨によると、本件株券は昭和五八年九月九日総計一〇七三万七四六五円をもって他に売却処分され、被控訴会社は本件株券を控訴人に返還することが不能となり、控訴人は同額の損害を被ったことが認められ(本件株券が右のとおり売却処分されたことは、当事者間に争いがない)、右認定を左右すべき証拠はない。

3  そうすると本件取引が公序良俗違反により無効であることを前提とする控訴人の本件予備的請求は、右損害の範囲内の一〇〇〇万円及びこれに対し控訴人が右損害の賠償を被控訴会社に請求した日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五九年三月二八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるといわなければならない。

五  そうすると、控訴人の主位的請求は理由がないからこれを棄却し、予備的請求は右の限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却し(本件取引が錯誤により無効であり、又は詐欺により取り消されたとの予備的請求原因によっても、遅延損害金の起算日は控訴人が主張する昭和五九年三月二七日とならないから、右予備的請求原因について判断するまでもない)、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、九六条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林定人 裁判官 坂上弘 裁判官 小林茂雄)

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